茅野は縄文時代から広域交流拠点だったのだ~!

今日は諏訪の不思議を知る!第3回。

茅野市尖石縄文考古館・元館長の鵜飼幸雄さんに『縄文人はなぜ八ヶ岳山麓を選んだのか?』

をテーマにお話をしていただきました。

縄文本

 

八ヶ岳山麓の地形そして私たちが住むこの茅野市の地形についてのお話がまずとても

興味深かったです。

長野県は峠の数が全国最多。この峠が人を呼び集めてきたのではないか。

そして峠を介して交流が出来たのでは・・。

この茅野市は掌指状の地形をしていることも大きなポイント。

地図や遺跡の分布図を見ながらお話は続きます(^^)/

翡翠や黒曜石がこの地でたくさん発見されていることについても。

糸魚川でとれる翡翠。糸魚川からだったら松本平の方が近いのに

なぜ茅野の北山浦に多いのか。

銚子から運ばれてきた琥珀が諏訪湖周辺にはあるが北山浦に

圧倒的に多い。

黒曜石もなぜこの北山浦にやたらに多いのか?

この土地は黒曜石で培った文化力がある場所。「文化的交流の拠点」だった!

もうお話を聞いているとワクワクしてきます♪

鵜飼さんのお話をお聞きしてますます興味が広がりもっと知りたいと思った

2時間になりました。

水が豊富な八ヶ岳山麓。八ヶ岳そのものが巨大な水がめであるこの土地。

標高800~1000メートルなのに平らな土地が開けていて地形的に暮らしやすい。

なんといっても諏訪湖という湖と山がセットになっているのはこの土地!

そして縄文人が選んだこの土地は『広域交流拠点』だったのです。

茅野市がアピールしている広域交流拠点は縄文時代にすでにここにあったんですね。

縄文人にはここを選んでやって来る見る目があったということです。

お話を聞きながら、頭の中に想像の縄文時代の絵が浮かんできました。

文化的交流拠点であった茅野の絵が。

 

参加者の中には茅野へ移り住んだ人もいて、この土地になぜ引き寄せられて

きたのか、縄文人もこうして引き寄せられ交流しにやって来ていたのか・・って

思った人もいたのではないでしょうか?

 

鵜飼さんのお話の後はお茶を飲みながらの質問、歓談タイム。

 

参加してくださった皆さんにはアンケートにご協力いただきました。

感想欄には

・この茅野に住んでいることが誇らしくなった!

・茅野は広域交流拠点で文化力の高い街だ。素晴らしい!

・ここは選ばれた場所なんだ!

などなど。この土地の素晴らしさを再認識したというお声が多かったです。

 

今こうして茅野へ来て暮らしていることそのものがちょっと不思議で

素晴らしい♪

この土地で生まれ育った方々と一緒に鵜飼さんのお話を聞き、縄文時代へ想いをはせる2時間。

ずっとずっとお話を聞いていたい!と思った今日でした。

鵜飼さん、楽しい、濃い時間をありがとうございました!

 

皆さんにアンケートに書いていただいた内容を元にこれからもっと諏訪の不思議を知りたいと

思っています。また是非ご一緒に(^^)/

 

 

 

 

 

 

関連記事

Comment





Comment



CAPTCHA